3-4) 可哀想ではない

可哀想ではない

人格障害サイコパスには、多くの部下を従えて、社会的に成功した地位を手に入れるパターンと、誰か特定の人の稼ぎにぶら下がる「ヒモ」のようなパターンと、両方あると言われています。

ですが、根本的には自分のために他人をとことん利用している、他人は手段である、他人の迷惑は全く考えていないという点で、高い地位の場合でも無職のヒモの場合でも同じです。

例えば、ねずみ講や悪徳商法の親玉で1万円を1000人から集めても1千万円。

誰か金持ちで気の弱い人に徹底的にたかって、1人から1千万円集めても、お金は同じ。

そこで、「どっちが得策か」「どっちがやりやすいか」という見地で、サイコパスは自分と相手をよく見て判断します。

1000人からお金を集めるためには、それなりに1000人の注目と尊敬と信用を集めるための、身なりや喋り方などを整えるでしょう。

一方で、1人の人から1千万円引き出すためには、もっと全然カッコよくなくてもいいのです。

「今までこんな不幸な人生を過ごしてきた・・・。」

「君の愛があれば生きていける!!!」

「俺は君がいなければ死んでしまう!」

とか、1000人の前で言ってもシラーッとなるセリフ、でも1人を心から感動させれば、目的が達成される・・・。

このように確信した場合には、「かっこよく偉そう作戦」をやめて「可哀想作戦」に転じます。

または、「君が俺の言う通りにしてくれなかったので、俺はとても傷ついた!死んでやる!」など「私の行動のせいで相手が可哀想!?」と思わせる戦法も良くあります。

サイコパスのこういった自己チュウ演技には、冷たいと思っても、可哀想がらないことが大事です。

「死ぬなら死ねば!?」

「私はこれ以上助けられない!」

と言って、突っぱねるので構いません。

本当に可哀想なぐらい耐えて頑張っている人というのは、「ほーら私可哀想でしょ」などということを言ってこない人です。「私・・・大丈夫です・・・」と言って、必死で黙って頑張って、脳出血で倒れて即死してしまうような人こそが、可哀想な人です。こういう人には「大丈夫」って言われても「大丈夫じゃないよ!病院行こう」って、こちらから言う必要があります。

自分可哀想だろアピールとか、こんなにしたのにお前が応えてくれない、俺だけが損をした、とか、恩に着せるアピールは、「その行為が醜悪であり、全然可哀想じゃないわ!」・・・と、思いませんか?

本当に誰かのために善意でやってあげて、自分に自己満足していたら、恩に着せたりしないですよ。自分に置き換えたら、そうじゃないですか?恩に着せたら、ぶち壊し。自分のせっかくやったことまで水の泡になって、相手を不快な気分にさせてしまいます。

25人中24人のまともな人は、おそらくそうだと思います。

しかし、サイコパスは、その辺の羞恥心とかもありませんから、「ねー可哀想だろー、○○してよー、○○してもらえなかったらもっと私可哀想」と言いたててくるのですが、

「可哀想ではない!」

と、しっかり自分の頭に持っていて、流されないように気をつけてください。