2-3) 人のペースに乗る

ノリと奴隷の違い

人と友好関係を築くのに、人のノリに合わせる、一緒に共感する、ということはとても大事です。

でも、長いこと、私には、それと「ひたすら人の言いなり、奴隷になる」ということの区別がついていませんでした。

思えば、保育園から小学生のころ、「思いっきり遊ぶ、それで友達も私も楽しい、いわゆる子供の遊び」は、全くできていなかったと思います。

遊ぶということがわからない。

とにかく、何かを指示され、怒られるという生活だったので、「どうしたら怒られなくなるのか」「怒られるのが怖い」ということが行動の基準でした。

友達といても、子どもなんて、いきなり自分の都合で怒りだしたり、「お前これやれ」みたいなことを言ってくるのが普通ですから、それに対しての恐怖に支配されて、親に対するのと同じようにビクビクして従っていました。

「遊ぶ」「ノリノリ」の境地は、怒られる恐怖などから解放されて「イェーイ!」「ヘーイ!」というノリにならないと楽しめません。

そんなの、二十歳過ぎるまで私にはない境地でしたよ!

とにかく人生前半、ずいぶん損した。

まあ、ボヤキはいいや、ともかく、いまもそういった精神的な虐待を受けて育っている子供たちはいっぱいいるし、大人になってもその余波を引きずっている人がほとんどだと思います。

「ノリ」がわからない・・・。という場合は、とりあえず、「言いなりにならなくても楽しいという人間関係があるらしいぞ!!!」ってことを覚えといてください。