1-2) 悲劇のヒロイン作戦

怒り、悲しみは心のトイレ

「悲劇のヒロイン作戦」と書きましたが、悲劇のヒロインになりきれない人が、うつ病になったりするのではないでしょうか。

どこかに、「いつもニコニコして、冷静に、いい人でなければならない」という思い込みがあったり・・・。

怒る、悲しむなんて、人間らしくない、サルや動物のすることだ、みたいな・・・。

私もそうでしたけどね。

子供のころから、とにかく泣いていたり怒っていると、親から怒られてましたから。

「お姉ちゃんなんだから赤ちゃんみたいに泣いたり怒ったりするもんじゃない。」→好きでお姉ちゃんになったんじゃないし、あんたらが勝手に妹弟産んだんだろ。

・・・と、今は反論できますが、当時は私「お姉ちゃんなんだから、いつもニコニコして、冷静に、いい人でなければ」と思ってましたよ。→出来っこないっすよ。

今でも、同じような無駄な努力を強いられている人たちがいると思うので、ここに書いときます。

怒りや悲しみはだれにでも発生するので、どんどん発散した方がいいんです!!

それを無理やり止めようとするような人の方がおかしいので、そんな人の言う事は聞かなくてよろしい!!

毎日ウ●コして健康を保つように人間の体はできていますが、心のウ●コみたいなもんなんですよ。出して発散。

出さなかったら便秘、病気になっていきます。

そうか、心の便秘がうつ病なのか・・・みんな可哀想に・・・。

「泣くな!!」「怒るな!!」とか言っている人は、そこらじゅうのトイレを破壊して、ウ●コの場を無くしていくようなもんですね。重大犯罪だ。

トイレが全くなかったら、皆、野小便、野グソすると思いますよ。逆に、していいんですよ。

というか、そのトイレ破壊人間の前で、ギャアギャア怒鳴って泣いてやっても構いません。

でもね、サイコパスという無感情人間が25人に一人いるようなんですが、こういう人たちは、自分の前で誰が怒っていようが泣いていようが「何泣いてんの、ヘッ」と、共感しないと思いますから、そこでせっかくトイレしてもスッキリ発散できないと思います。

やっぱり、共感力のある人たちの間で「大変だったね」「そうだったよね」「それはつらかったね」って言ってもらって、安心して、怒り、泣くことができる、これこそが一番の「心の快適なトイレ」ってもんです。